
記憶喪失。
フィクション作品ではよく見かけるモチーフですが、実際に体験したという人は少ないのではないでしょうか。
記憶を失くしちゃうってどんな感じなのか気になる!って人も、もしかしたらいるかもしれないし、いないかもしれません(どっちだ)。
というわけで、今回は私が数年ぶんの記憶を失ってしまった経緯と、それが趣味のお絵描きにどのような影響を与えたのかを書き残しておこうと思います。
※入院前のことは全く覚えていないため、すべて夫からの聞き取りによるものになります。
三途の川に片足を突っ込む
あれは、2022年の暮れのことでした。
ものの見え方がおかしい、まっすぐに歩けない、味覚がなくなる…など、数年前から謎の体調不良に悩まされていた私。
脳になんらかの疾患がある、というところまではわかっていたのですが、大学病院で検査してもはっきりした病名がわからず、短い入退院を繰り返していました。
そんなある日、私の様子を見ていて「いつもより体調が悪そうだな」と気づいた夫。
会社を休み、私を病院に連れて行ってくれることになりました。
結果的には、この夫の行動が私の生死を分けることになります。(こっっわ)
夫とふたり、電車に乗って向かった病院の診察室にて。
主治医の先生「はい、では診察しますので診察台に横になってくださいね」
ゴロン。
主治医の先生「……えっ!?ちょっと!!呼吸止まってる!!!人工呼吸器持ってきて!!!!」
こっっっっわ。
呼吸停止の原因は脳内の呼吸を司る部分に炎症が起きたことなのですが、これ、予測が全くできないんですよね。
場所は大学病院の診察室、目の前にはお医者さんと看護師さんたち。
そんな環境で呼吸が止まったのは、不幸中の幸いだったと思います。
もし、夫が私の体調不良に気づかずに出社してしまっていたら。
あるいは、病院から離れた場所で呼吸が止まっていたら。
ほぼ間違いなく、こうして呑気にサイトを更新している私はここに存在しなかったはずです。
(ちなみに呼吸停止から8分が経過すると救命の可能性はほぼなくなるそうです。こっっっっわ…)
「いつもより体調が悪そうだな」で病院に連れて行ってくれた夫、グッジョブ。
的確な処置で私の命を救ってくれたお医者さんと看護師さんたちに、心からの感謝を。
生きててよかった。
みなさんも、「いつもと体調が違うな、おかしいな」と思ったらなるべく後回しにせず受診するようにしてくださいね。
なかなかハードな入院生活
自発呼吸がなくなり意識不明となった私は、当然ながらそのまま即入院となりました。
かなり危険な状態だったそうですが、ありとあらゆる先端医療をほどこしていただいた結果、2週間後にはどうにか意識を取り戻します。
(ここでようやく病名が判明したのですが、なんと学会で発表されるくらい珍しい症例とのことでした。…いや、こんなとこでレアいらんから!!ソシャゲで引かせてくれ!!!)
頭がぼんやりしていたのが幸いしてあまり覚えてはいないのですが、入院生活はなかなか過酷なものでした。
人工呼吸器がなかなか外せなくてうっとうしかったり、絶飲食が続いて喉がカラッカラになったり、ブラッドアクセスという医療用語を聞いて「厨二病っぽくてカッコええな~」なんて思っていたら目の前で太ももとカテーテルを縫い付けられた…なんてことも(怖すぎる)。
さらにはずっと寝たきりだったことで筋肉が落ちて歩けなくなり、人生初の車椅子生活に。
そこから2週間リハビリをがんばってなんとかヨロヨロ歩けるようになり、症状も落ち着いてきたということで無事退院が決定しました。
半分は覚えてないですが、まるまる1ヶ月入院していたことになりますね。
というわけで夫に迎えに来てもらって自宅に戻り、「久しぶりの我が家だあ~~」なんて言ってのんびりくつろいでいると、当時小学2年生だった次女が帰宅。
号泣しながら「ママ~~~~~!!!!」と飛びついてきた次女を抱きとめ、よしよし、心配かけてごめんね…(涙)となだめる私の頭の中に、ふと疑問符が浮かびました。
次女…なんかでかくなってない?
どうやら私は記憶喪失になったらしい
幼稚園児のはずだった次女が小学2年生になっている。
ここ数年間の家族旅行や子どもたちの学校行事の記憶がまったくない。
家の中には見覚えのない冷蔵庫や掃除機。
思っていたのより10キロも減っている体重。
どういうこと……??????
最初のうちは私も家族もわけがわからず混乱していたのですが、数日経って(おそらく病気の影響で)ぼんやりしていたのが落ち着いてきたころ、ようやく気付くことができました。
どうやら、数年ぶんの記憶がどっか行っちゃったっぽいな、と。
宣言的記憶と手続き記憶
記憶にはいくつかの種類がある、というのを聞いたことがある人は多いかと思います。
効率的な暗記法などが語られる際、よく話題にのぼるのが「短期記憶」(一時的に記憶された情報)と「長期記憶」(短期記憶で何度も反復された重要な情報が定着したもの)。
短期記憶を長期記憶に移行させるのが暗記のコツ、と言いますよね。
そして、長期記憶はさらに「宣言的記憶」と「手続き記憶」に分類されます。
宣言的記憶(陳述的記憶とも)は生活の中で手に入れた言語能力や知識など(意味記憶)、またある期間と場所での出来事についての記憶(エピソード記憶)。
手続き記憶は意識しなくとも使うことができる、「体が覚えている」記憶。いわゆる技能と言えるものです。
このうち手続き記憶の方は脳機能障害になっても失われにくいと言われているのですが、私の場合も例外ではありませんでした。
それに気付くのは、退院後、いくらか時間が経ってからのことになります。
お絵描きソフトが使えない
どうにかこうにか一命を取り留めた私。
判明した疾患は残念ながら治ることのないもので、失われた記憶も戻る様子はありませんでしたが、家族や主治医の先生の支えもあり、退院後半年が経つ頃には以前のように笑って過ごせるようになっていました。
そんなある日、ふと思い出したことが。
“そういえば、自分はお絵描きを趣味にしていたんだっけ…?”
30歳を過ぎてから絵を描き始めた私。
体調が悪くて描けなかった時期を除くと、その時点でのお絵描き歴は4年を超えたあたりでした(絵はこちらにまとめています)。
主に自分のオリジナルキャラクター(※元はファンタシースターオンライン2というゲームでクリエイトしたキャラクター)をモデルにして描いていたのですが、決して上手いとか、商売にできるとは思えずとも、自分で自分の絵を好きだと言えるくらいには楽しく描けるようになっていたのです。
記憶を失う前に描いていたイラスト。ほわっとした雰囲気の絵を描くのが好きでした。※画像クリックで拡大できます
しかし、絵を描き始めてからの記憶の大部分を失くしてしまった今、果たしてまともなものが描けるのだろうか?
そう不安に思いつつ、恐る恐るペイントソフトを開いてみたのですが…
新規キャンパスの作成方法がわからない。
ツールの意味も使い方もわからない。
……
なんじゃこりゃ~~~~~~~~~~ッッ!!!
……
……まあ、十分に予想できていたことではありますが、描ける描けない以前に最低限のツールの使い方すら忘れている状況にがっかりしてしまったのは事実です。
数年間の頑張りが水の泡になった瞬間。
こんな状態では、とても復帰なんてできそうにない。もうお絵描きは諦めたほうがいいのかな…。
そう、思ったりもしたのですが。
手続き記憶が残してくれたもの
もう以前のようには描けないだろうな…と思いつつ、とりあえず何か描いてみるか、とペンタブレットのペンを握った私。
ヘルプページを見ながら新規キャンパスを作成し、真っ白い画面と向き合います。
ペンの色を黒に設定して、丸を描いてみる。あ、つなぎ目がずれた。消して描き直そう。
私は左手の人差し指で「C」のキーを押し、消しゴムツールのショートカットを起動させ…
……
……ん???
……あれ?????
なんでショートカットのキー覚えてんの!?!??!?!?
…とたまげたところで、先ほどの「宣言的記憶」と「手続き記憶」の話に戻ります。
ペイントソフトの使い方は「宣言的記憶」にあたるもの。これは本当に、すっかり忘れ去ってしまっていました。
しかし、絵を描く中で何十回、何百回と繰り返したショートカットの操作は、体に染み付いて「手続き記憶」となっていたのです。
手続き記憶は「技能」の記憶。
つまり、ペイントソフトの使い方はわからないけれど、絵を描く技術(のうちの一部)は失われていない。
なんとも不思議な感覚ですが、とにもかくにも「完全にゼロに戻ってしまったのではない」という事実に私はホッとしたのでした。
描ける絵、描けない絵
全く描けなくなったわけじゃなかった…とわかって嬉しくなった私でしたが、いざ描き始めてみると、新たな壁にぶち当たることになりました。
線の引き方も色の塗り方もそこそこわかるのに、何枚描いても、ちっとも前と同じように描けないのです。
自分の絵で「好きだなあ」と思っていたところが、完全になくなってしまった。
描いた絵が、自分の絵だと思えない。
雰囲気を寄せて描いているつもりなのに、ぜんぜん違うものになってしまうのです。


復帰後、最初の頃に描いていた絵。以前とはかなり画風が違っています。
とはいえ、これは別に不思議な話ではありません。
私の中に残っていたのは、ショートカットの配置やペンの動かし方などの「体で覚えている」記憶のみ。
絵柄や表現方法、色使いといった「知識やセンスとして身につけたもの」…つまり自分の「個性」と呼べるようなものについては、その大部分を忘れ去ってしまっていたのです。
もっと若い頃から描いていたら「消えなかった記憶」の中にそれらが残っていたのかもしれませんが、今さらどうしようもない話でした。
当たり前のことですが、絵は身体的な技術のみで描くのではありません。
だからもう、前と同じものを描くことはできない。
大切に思っていた自分の個性は、失くした記憶とともに遠くへと消え去ってしまったのです。
すっかり意気消沈してしまった私は、もう、描くのやめようかな…と思ったりもしつつ、家族やSNSのフォロワーさんたちに応援してもらいながら、しぶとく絵を描き続けました。
そのうちに、ただひとつ、なくしていなかったものがあることに気づきます。
それは、「絵を描くのが好き」という気持ちでした。
おわりに
記憶を失い、再び絵を描き始めてから約3年が経ちました。
ペイントソフトは以前と同じか、それ以上に使えるようになったけれど、かつて自分が描いていたような絵が描けるようになったかどうかは今でもよくわかりません。
やっぱり全然違うような気もするし、そもそも絵は成長し変化していくものなのだから違って当然、という気もします。
だけど、今はもう、以前と同じ絵を描くことにこだわってはいません。
今の私が描く絵が、他の誰でもない私の絵なのだから。




