
28年前、中学2年生だった私は、照明の落とされた視聴覚室の一番うしろの席で泣いていた。
その日、視聴覚室では道徳か何かの授業の一環で、映画『マイ・フレンド・フォーエバー』が上映されていた。
物語は終盤の山場を越えたところで、すすり泣くクラスメイトたちの声がそこらじゅうから響いている。
けれど私は、おそらく私だけは、みんなとは違ったタイミングで泣いていた。
正確に言うと、私はその直前の(みんなが泣いていた)シーンでも泣いていたので、とにかくもう泣きすぎていて、部屋が明るくなる前にこのべしょべしょの情けない顔をなんとかしなければ、と必死だったのを覚えている。
『マイ・フレンド・フォーエバー』は、両親の離婚により母と孤独な二人暮らしをおくっている少年・エリックと、HIVに感染した少年・デクスター、2人の友情と冒険を描いた1995年製作のアメリカ映画だ。
詳細な筋書きは割愛するけれど、「泣ける映画」という言い回しが好きではない私が、「これは泣ける」とつい人に紹介してしまう作品である。
子役の演技も大人の演技もストーリーも素晴らしいし、残念ながら若くして亡くなってしまったブラッド・レンフロ君の美少年っぷりもヤバいし、未見の方にはぜひおすすめしたい(ただし2026年5月現在、U‐NEXTでしか配信されていないのが残念なところ)。
で、問題の「変なタイミングで泣いてしまった」シーン。
デクスターの母親がエリックの母親に詰め寄り、胸ぐらを掴んで言う。
「今度あの子(エリック)に手を上げたら──あなたを殺すわよ!」
『マイ・フレンド・フォーエバー』UNIVERSAL CITY STUDIOS(1995)
この描写のどこが「泣ける」ポイントだったのか、それは当時もわからなかったし、今でも確かなことはわからない。
悲しいシーンでもない。怖いシーンでもない。
ただ、よくわからない感情と涙が一緒になってぶわーっと溢れてしまって、どうしようもなかった。
当時を思い返してみてひとつだけ思い当たるのは、自分が育った家庭がエリックと同じ母子家庭、そしていわゆる機能不全家庭だったことだ。
ひとりっ子のエリックとは違い、自分には妹が二人いたから孤独を感じたことはなかったけれど、エリックと母親の関係は当時の私と母親の関係によく似通っていた。
「よその母親に対してこんなことを言ってくれる大人が存在するのか」という新鮮な驚きと感動、そして「自分にもこんな人がいてくれたら良かったな」という静かな失望。
あのシーンを観たとき、もしかしたら、私の脳内にはこんな感情が渦巻いていたのかもしれない。
それで、あまりにいっぺんにいろいろなことを考えたものだから、ちょっとしたパニックのようになって涙腺がぶっ壊れてしまったんじゃないだろうか。
私はただでさえ忘れっぽいし、中学2年生のころの自分の思考なんてもう全く想像がつかないのだけど、なんとなく、そうだったんじゃないかなって思っている。
で、結局デクスターの母親のような人には出会えないまま、映画の内容すらもすっかり忘れて、長い年月が過ぎたある休日のこと。
家族で映画でも観ようか、となって動画配信サービスの「名作ピックアップ」みたいなのを眺めていたら、『マイ・フレンド・フォーエバー』が目に留まった。
家族がみんな未見だったため観てみようか、ということになり、私は同じシーンでやっぱりぼろぼろ泣いてしまって、エンディングテーマを聴きながら「悲しいけどいい作品だったね」なんて語り合っていたその時。
次女が言ったのだ。
「ママ、デクスターのママにそっくりだったね」と。
びっくりした。
観ている最中、そんなことは全く思わなかったから。
けれど、作中のシーンを思い返してみると、確かに、デクスターの母親は私にそっくりだった。
子どもとふざけてくすぐり合ったりするところ。
しつけには厳しいけど、なんだかんだ甘えさせてしまうところ。
(もっとも、これは私の欠点でもある。)
子どもに対する暴力を決して許さないところ。
これは、単なる偶然なのかもしれない。
だけど、もしかしたら。
デクスターの母親のような人は、私の人生には現れなかった。
私を守ってくれる人はひとりもいなかったと、ずっと思っていた。
だけど、もしかしたら、違ったのかもしれない。
真正面から子どもに対する暴力に立ち向かったデクスターの母親は、14歳のあの日からずっと、私の中にいたんじゃないだろうか。
私は殴られても良い存在ではない、私には自由に生きる権利があると、伝え続けてくれたんじゃないだろうか。
そしてそんな彼女に、私は無意識のうちに憧れていたんじゃないだろうか。
もちろん、これは単なる推測にすぎないし、合っていたのだとしても他にも要因はあると思うけれど。
彼女のような人物に憧れ、生きるモデルにしていたからこそ、私はいろいろな呪縛から完全に自由になり、たくさんの欠点を抱えながらも道を大きく外れることなく大人になることができたのかもしれない。
なんて、コンバースのハイカットスニーカーを思い浮かべてまた泣きそうになりながら、私は思ったのだった。
デクスターのママ。
28年間、ずっとずっと、ありがとう。

